桜の樹皮に宿るピンクの話
2014.03.26
私たち日本人はなぜ、 こんなにも桜の開花を楽しみに待つのでしょうか?
普段はあまり目立たない樹木が、 年に1度ほんの1週間だけピンク色に染まり 「ああ、こんなところに桜の樹があったのか…」とはっとさせられる。その姿はあまりにも美しく、はかなく、 だからこそ咲き誇っている姿を目に焼き付けたいと思うのですよね。
こちらの画像は2013年の千鳥ヶ淵の桜です。今年の今頃、こんなに満開でした。
今日は、毎年この時期になると思い出さずには居られない 中学校の国語の教科書のお話をご紹介させて頂きます。
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京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、 志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、 はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。 その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。
「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」と志村さんは答えた。
素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。 実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。 あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。 志村さんは続いてこう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。 桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、 こんな上気したような、えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。
私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。 春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、 花びらだけでなく、木全体で懸命になって 最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。 桜は全身で春のピンクに色づいていて、 花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。
「言葉の力」大岡 信/中学校 国語2/光村図書出版より部分抜粋
(東京カラーズ 桜井輝子)