中秋の名月にちなんで〜デイケア施設でのワークショップ【9月】

2008.06.12

〈画像:左〉ワークショップを始める前に「秋の七草」のお話をしました
〈画像:中央〉ワークショップに使う材料です
〈画像:右〉できあがった作品には個性が表れます

中秋の名月にちなんで〜デイケア施設でのワークショップ【9月】

2006年9月に実施したワークショップです。中秋の名月も近いということで、お月様の上にうさぎを型染めしました。

お月様に見立てた丸くて黄色い紙の上に、うさぎの型紙を置いてスポンジで型染めしていきます。やわらかくて弾力のあるスポンジの感触が楽しいので、何羽でも型染めしたくなってしまうほどです。

このようなワークショップでは、最初から凝ったデザインを考えるのではなく、楽しみながら自由気ままにやって行くほうが、案外ステキな作品に仕上がるのです。下書きのスケッチなどをしないので、ものづくりが苦手な人や絵が嫌いな人にも受け入れて頂きやすいのではないかと思っています。

(今回のカリキュラムも7月の花火同様、佐藤悦子氏が考案しました。「秋の七草」の資料も、この日のために作って頂いたものです)

■■■お月様の話〜世界の民話から■■■
日本では昔から、お月様の模様はうさぎが餅つきをしているところだと言われていますが、これは中国にルーツがあるようです。旧暦の8月15日は中国でも「仲秋節」が行われ、家族揃って月餅(げっぺい)を食べ、お月見をする習慣があります。中国では、お月様のうさぎは「餅」ではなく「薬」をついているとされています。

【インドの民話】
昔々、うさぎとキツネとサルが一緒に暮らしていました。いつもみんなで話し合っていたのは「私たちは前世の行いが悪かったから、獣になって生まれ変わってしまったのだ。この度の人生では、少しでも人の役に立つ善行を心がけよう」ということでした。
ある時、それを聞いた帝釈天が、よぼよぼの老人に化けて現れました。サルは木に登って老人のために木の実や果物を採りました。キツネは魚を捕ってきました。しかしうさぎだけは、これといった特技がなく、老人の為にできることがありませんでした。うさぎは決意して、「私は何も持ってくることができないので、私の身を焼いて召し上がってください」と自ら火の中に飛び込みました。
帝釈天は言いました。「お前たちが、人の役に立とうとする気持ちはすばらしい。次に生まれ変わってくる時には立派な人間にしてやろう。特にうさぎはの心がけは立派なものだ。お前の黒こげの姿を永遠に月の中に置いてやることにしよう。」

【カナダの民話】
昔々、月は太陽と同じくらい輝いていました。
月には妹が居ましたが、その妹というのは「かえる」でした。
ある時、月は天空の星たちを招いて大宴会を催しました。あまりにもたくさんの星たちが月の家にやってきたので、妹のかえるは居場所がなくなってしまいました。意地悪な兄の月は、「おまえなんか、そこらへんにぶらさがっていればいい。」と冷たく言い放ちました。
かんかんに怒った妹のかえるは、「どこにぶらさがってもいいのですね」と言うと、兄の顔に飛びつき、しっかりとしがみついてしまいました。
その日以来、月は太陽よりずっと暗くなってしまいました。おまけにいつ見ても、月の顔にはかえるの姿が黒い影のようになってしがみついているのです。

【ドイツの民話】
働き者のハンスは、ひどいへそ曲がりでした。日曜日は神様の決めた安息日で、その日だけは誰もが仕事を休んで教会に出かける事になっていました。ところが、へそ曲がりのハンスだけは、いつも一人で森の中に薪を採りに出かけていました。
ある日曜日、ハンスは森の中で一人の男と出会いました。その男は「お前は日曜日なのに、なぜ働くのか?」と尋ねました。
ハンスは答えました。「そんなのわしの勝手さ。神様の罰が当たるというのなら、当ててみればいい。」
男は言いました。「日曜日は次の週にそなえるために休むのだ。体だけでなく頭も休め、疲れた他の人々をいたわるためでもある。お前はそれでも働きたいというのなら、月に行って永遠に薪を背負い、歩き続ければいい。」
ハンスは薪を背負ったまま、月に上っていきました。

参考文献(インド・カナダ・ドイツの月に関する民話部分):『月の本』 林 完次/角川書店 2000,6,25初版発行

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